日本の伝統文化茶道について解説します

茶室について

茶室とは

3sa.jpg茶室とは、露地、待合、本席、水屋、厨房など茶事をするための一連の施設のうちの主たる部屋(本席)のことをいいます。露地、待合、本席、水屋、厨房などを合わせて茶室ということもあります。しかし、現代社会においては露地、待合、本席、水屋、厨房など、すべての施設を整備することは、非常に難しくなっています。部分的に施設を省略したり、他の施設で代用することも仕方ないのが現状です。

そこで茶事ができなくても、お茶を頂くことができれば、茶室であるという考え方もあります。

茶室の定義については様々な見解がありそれぞれがその見解に固辞したら茶道についてあまり知識のない方は混乱してしまうでしょう。

シンプルに定義づけすると、少なくとも主客が同座して、亭主がお点前をするのに支障がない配置になっていることが茶室の必要条件であると私は思います。


 そして意外にも「茶室」という言葉は、一般的には近代になって用いられるようになり、室町時代には「喫茶之亭」「会所」「茶湯座敷」「数寄座敷」「茶湯間」「茶礼席」「茶屋」など、桃山時代には「小座敷」「座敷」「囲(かこい)」「数寄屋」などと呼ばれました。


茶室の大きさを知る

4sa.jpg茶室の広さについてもどのくらいの大きさが一番いいのかという点に関して、茶人のそれぞれがこだわりをもっています。

なのでどの大きさが正しいという絶対的な答えはありませんが、どのような茶の湯をやりたいのかによって、茶室の広さは異なってきます。侘茶をするなら小間、棚物を使いたいなら広間になります。

それぞれの目的によってもっとも適した茶室の大きさがあることを知っておきましょう。



客の数は何人が適切か~茶室の大きさが四畳半の場合

5saa.jpg「初終の仕廻(しまい)二時に過べからず」(南方録)とあります。どういう意味かというと茶会は、二時(ふたとき)を過ぎないようにと言っているのです。

ちなみに二時(ふたとき)とは4時間です。実際、客も亭主も緊張感を保てるのは4時間が限度です。人間はそう何時間も集中して緊張感を保てれるわけではありません。

特に決まりがあるわけではありませんが、時間から人数を計算すると、4時間で終わるためには、客は4人以下でないと良い茶事は出来ないということです。

多くとも5人まででしょう。




茶室の雰囲気を知る

6sa.jpg茶室の雰囲気を理解する事も茶道にとっては非常に重要な事です。

茶道具と同様に、茶室にも様々なものがあります。

やはりおすすめなのは様々な茶室を自分の目でみて、このような茶室だとこのような雰囲気になると自分で感じることです。

「百聞は一見に如かず」といいますが、その通りだと思います。

そこで見た茶室の気に入った所、自分の気に入った材料を発見し、少しずつ茶室の雰囲気を感じ取っていくのです。

床の大きさ、床柱、床框、中柱、壁の色、天井構成、窓の構成、出入口の形、建具等もしっかりと確認し茶室の雰囲気を感じ取りましょう。



茶室の写しって何?

7saa.jpg茶室の写しとは現在ある茶室をそのままコピーすると言うことです。

みなさんは茶室を写す事についてどういう考えをお持ちでしょうか。

道具と同様にしばしば茶室も写しが造られることがありますが、それは趣きがなく、茶人からしてみれば軽蔑の対象になります。

話が低俗になりますが、レプリカはレプリカでオリジナルにはなれないのです。

なぜなら写したい茶室があったとしても、当然、時間の経過まで写すことはできません。

写した茶室は、新しい茶室です。年月の経った茶室と新しい茶室では、明るさが全く異なります。材料にしても、自然の材料ですから、同じものは、手に入りません。

写せるのは、構成、大きさ、寸法、材料の種類といったくらいでしょうか。茶室の寸法とおよその形は、再現することができますが、材料に自然木を使っているため、同じ曲がり具合、同じ節目の木はあり得ません。茶室は、木の節の位置、微妙な曲がり具合で随分雰囲気が変わってきます。また、年月が経って、生地の色が変わってきます。年を経た茶室が気に入って、写しを造ったとしても、出来た茶室の雰囲気は、全く異なったものになってしまいます。

以上の理由から茶室の写しはもし自分が茶室を作る際にもしない方がよいでしょう。

ただ良い茶室、気に入った茶室を参考にする事はいいことだと思うので、茶室を作る機会がある場合には参考にして、自分だけのオリジナルの茶室をつくりましょう


茶室の向きについて考える

8sa.jpg武野紹鴎の時代までの茶室は、北向きで、窓がなく、開口部は縁に面した出入口の明障子のみでした。

他の向きもあったようですが、南向きは、道具をみるのには、光量が多すぎるため、避けたようです。

当時は、光は、障子を透して一方からのみ入っていました。利休は、茶室を南向きにしました。北向きの落ち着いた一定の光に対して、南向きにし、窓を開けることで、変化する光を取り入れたと考えられています。そして利休以後の、織田有楽、古田織部、小堀遠州らは、窓を多く開けます。座敷の景としての効果を意図したものと考えられています。

茶室の向きをどうするかによっても全く茶室の雰囲気が変わるところが、茶道の繊細な部分であり、非常に趣きがあることだと私は考えています。茶道では細かいことまで考える心が大切なのです。


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