茶道の歴史その②
茶道は、室町中期になると、貴族の建築であった書院造りが住宅として普及し、会所で催されていた茶会が書院の広間で行われるようになります。そして足利義満・足利義教の同朋衆の能阿弥(のうあみ)は書院茶の作法を完成させました。
能阿弥に書院茶を学んだ村田珠光(むらたじゅこう)は、当時庶民のあいだに伝わっていた地味で簡素な「地下茶の湯」の様式を取り入れ、さらに大徳寺の一休宗純(いっきゅうそうじゅん)から学んだ禅の精神を加味して、精神的・芸術的内容をもつ茶道を作ります。
つまり村田珠光が茶会での博打や飲酒を禁止(闘茶の禁止)し、亭主と客との精神交流を重視する茶会のあり方を説いたのです。これがわび茶の源流と成っていくのです。
このことからも村田珠光が茶道に対して非常に大きな功績を残したといえるでしょう。